解雇事件

私が弁護士になって1年目に一つの労働事件に出会いました。
ある知的障害者通所授産施設に勤務していた労働者が依頼者Nさんです。
その施設では残業代未払いの問題やセクハラ問題など多くの労働問題が発生し、Nさんは労働組合を結成して、使用者(施設を運営する社会福祉法人)と団体交渉を行い、問題を解決していきます。
そんな中で、突然、法人(理事会)は施設の廃園を決定し、県に届け出てしまいます。そして、事業が廃止されるのですから同時に、法人はNさんも含め全労働者を解雇します。

私が携わったのはその解雇を無効にする仮処分裁判を提起する段階です。
法人を相手にする裁判には全て勝訴しました。
全てというのは、解雇を無効にするだけでは済まなかったからです。
仮処分に勝訴した、つまり、解雇は無効であり、法人に対して賃金の仮払いを命じる裁判がなされた直後に、法人は解散を決議します。
そして、後に判明したのですが、法人の理事らは、あろうことか法人の財産である預貯金を勝手に引き出して私物化していました。
裁判は、解雇の効力を争うだけでは済まず、解散した法人の清算人を変更するよう求める裁判、清算人が元理事らから不当に引き出された預貯金を取り戻すための裁判、元理事らの損害賠償責任を追及する裁判、解散した法人を復活させ施設を再開させるために解散の効力を争う裁判、施設を譲り受けた別の社会福祉法人に対する裁判、様々な裁判を提起しました。
そして、恐ろしいことに、現在も県を相手に解散の効力を争う裁判を継続しています。
私は沢山の裁判を起こしたことを書きたいのではありません。

会社がなくなっても労働組合はなくならない?

その裁判を資金的にも運動としても支えているのが、労働組合です。勘違いしている使用者の方が多いのですが、企業内労働組合は企業が解散しても存続します。そうです。Nさんが結成した労働組合は、施設が廃園され、施設を運営する社会福祉法人が解散しても、今なお存続しているのです。

Nさんが結成した労働組合はなぜなくならない?

この労働組合は何のために存続しているか。裁判の中で、裁判所が、社会福祉法人がした施設の廃園は、「労働組合を消滅させるために行った偽装廃園である」と認定しました。障害を持った方が利用する社会福祉を担う社会福祉法人が私物化されていたのです。
社会福祉法人は、障害をもった方に対する社会福祉を担う特別な存在であり、その法人が理事個人の私欲のために利用され、利用者である障害をもった方が途方に暮れるということがあってはならない、という「感情」が、労働組合存続の動機です。そして、この「感情」が様々な主張のバックボーンになっています。

感情のない疑い・批判するためだけのロジック

どうも最近、「感情のある批判」が見当たりません。相手の主張を「感情なく疑い」、徹底的に「批判するためだけに論理を駆使」しているように思えます。

労働組合の関係者には、激しい運動をしている方も多くいます。その全てが良いとは思いませんが、正しい運動には感情があります。
相手の主張を聞いた際に、批判する論理を考えるだけ、それでは動きは生まれないのではないでしょうか。

この事件の打ち合わせは、とても面白いのです(非常に疲れますが)。重要な局面では旅館に一泊して合宿し、関係者と討論しながら訴訟の準備をします。
そこでは、誰もが真剣です。弁護士と依頼者の上下関係もありません。相手の主張と自分の考えが違う場合、感情をもって相手の主張を疑い、その後、論理を用いて自説を訴えます。相手もそうしてくれているのが自然と伝わってきます。そして、最も良いと納得する準備をするのです。
その結果がその後の動きを決めます。

みなさんも、学校や会社で人と議論する際に、「感情をもって相手の主張を疑う」ということを意識してみてください。感情だけで批判するのではなく、論理だけで批判するのではない、なんだか言葉にしくにくいのですが、とても建設的な話し合いになると思いますよ。

全ての依頼者、全ての事件でこのような心がけを忘れないようにしたいと常々思っています。

最近の労働組合って大丈夫?

最近の労働組合、企業内組合でも、超企業組合(ユニオン)でも、組合員の議論が尽くされているとは思えませんね。労働組合って何だろう?労働者の権利を法的に守るだけの集まりでしょうか。使用者に対抗するためだけの集まりでしょうか。何のために労働組合ってあるのでしょう。何のためにあなたは労働組合に加入しますか。労働のあり方を変える力を持っているのは、使用者と労働者です。労働組合はとても重要な力を持っているのだと思います。今こそ、その意味をよくよく考える必要があります。